The Master: Bernard Lagat
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彼は戦略を変化し、適応させることで若い選手を下し続けています。

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ラガトにとって、年齢を重ねるということは賢くレースを戦うこと言うことを意味します。
「私はかつて、レースではペーサーのすぐ後ろに付き、先頭にいる選手でした。今、私が先頭へ出てくるとき、それは勝利を確信した時なのです」
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2014年、ベテランの選手たちは多くの功績を残しています。メブ・ケフレジキ(39)は、ボストンマラソンで歴史的な勝利を収めましたし、ディーナ・カスター(41)はハーフマラソンでマスターズ世界記録を樹立しました。しかし、間違いなくバーナード・ラガトほど若手の選手たちに引けを取らない選手はいないでしょう。

昨年の2月にはミルローズ・ゲーム室内2000mでアメリカ記録を樹立、6つ目のアメリカ記録を手に入れると同時に、3年連続となるアメリカ記録の更新を成し遂げました。続く3月には世界室内選手権に出場し2位入賞、13個目のメダルを手に入れています。6月にはアメリカ選手権5000mにおいて、27歳のアンドリュー・バンバロウを下し、12個目のナショナル・タイトルを手に入れました。

また、ラガトはその高潔さと謙遜を兼ね備えた性格により、尊敬を集める選手でもあることはよく知られた事実です。キャメロン・レビンスは、昨年2000mでラガトに敗れた後、このように語っています。
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「誰もがあの頭に追いつきたいと思うのです。だから言います、私は言えるようになりたい。『私はバーナード・ラガトを下した数少ない選手の一人だ』と。ラガトと走れることは名誉以外の何物でもありません」
彼と走ることは、ともに走った選手にとって名誉を手に入れることと同義でもあります。

ケニアで生まれ、24歳からキャリアをスタートさせたのち、ラガトはアメリカ市民となりました。彼のコーチであるジェームズ・リーに長いキャリアを支えられ、トレーニングパートナーであるアブディ・アブディラマン、ラウィ・ララン、そして妻であり栄養士の資格を持つグラディスとともにそのキャリアを歩んできました。
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「90年代後半にキャリアをスタートさせたとき、私はなんでも食べていました。」
ラガトは話します。
「しかし、今やバーガーキングにも行かないし、でたらめに食べることもなくなりました」

“短く、しかし厳しく”彼は一日につき1回しかトレーニングを行なわず、日曜には休息を行います。
「以前よりも身体の声に耳を傾けなければならないのです」
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「我々ベテランの選手は、競争力を維持するために賢くならなければならないのです」

選手としても、彼はより忍耐強くなりました。かつてフロントランナーであった彼も、今や3、4番手に控え、誰もが羨むキック力で彼の年齢の半分程度の選手たちを蹴散らしていくのです。
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そして、昨年の9月、モロッコのマラケシュで行われたコンチネンタル・カップ男子3000mにおいて、再び彼は年齢という壁に突き当たることになります。3番手で走っていたのはエリトリアの20歳の選手アブラル・オスマンでした。

「彼が生まれたとき、私は現在の彼より1歳若い19歳でした」
ラガトは話します。
「それはもう信じられない事実でしょう」

しかし、彼はその若者を振り切り、3番手でフィニッシュラインを横切り、銅メダルを手に入れたのです。彼のキャリアの長さとその年齢を称賛する観衆に、ラガトは振り向き一礼を返しました。

今度は、“名誉”は彼のものでした。

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